ロマンチシズムとリアリズム
熱の計測が難しいのは,熱流のキャッチアップと制御が難しいことにある.測定法も多数存在することにもつながっている.伝導のほかに輻射や対流が影響することも解釈を複雑にしている.電気物性でいう導体や絶縁体の相当する物質がない点も,装置作りの上での難点である.計測が難しいということは,ばらつきの中からデータを抽出するか,既存のブックデータで代用することになる.例えば材料の熱伝導率は,高次構造や不純物量に極めて敏感で,実測しないとあるいは実測しても誤ることが多い.金属などは特に文献値が充実し,理科年表の値などが信じられ標準物質にもなるが,あくまで純金属の値であり,実用上の金属は不純物が多いこともあって,50%も小さくなっていることもしばしば起こる.
苦労して得たデータが,「いいデータ」になったとき,そのデータがあまり吟味されることなく,一人歩きすることがある.結論的にいうと,研究の動機は,希望的未来指向で一種のロマンチシズムがベースにあるので,誤認がもてはやされることは避けがたい.チャンピオンデータならなおさらだ.あくまで研究者個人のレベルであればさほど問題ではないかもしれない.ただし,公表された「いいデータ」が大規模なプロジェクトの目標値になってしまうと,あとから誤認に気づいても,中止するのはむずかしい.目標値の切り下げには相当の勇気がいることになる.国も大企業もロマンチシズムに憧れているからだ.このことは実行部隊である開発現場,実はリアリスト集団,に大きな負担となってのしかかる違いない.どうやっても実現できないからだ.
プラスチック材料の熱物性に限っても,粒子分散系放熱材料は大きめに,断熱系材料は小さめに,データが偏る場合がほとんどである.極端な例では「いいデータ」が出る測定法に変更することだ.弊社の装置は,多数の試料で測定できるので,ロマンの入る余地がない.材料開発者はロマンチシズムに酔い,製造責任を問われる応用技術者はリアリストであるために,両者の間にデータの信頼性に認識の違いがあると,全体的として不幸なことである.走り出した国プロは止められない.ロマンチストは,データの間違いを指摘されると,ほぼ間違いなく測定装置のせいにする.装置も,データも鵜呑みにしてはいけない.誰がどういった使い方をしたかが問題なのだ.どんな装置でも正しく使えば正しいデータが出る.「○○とハサミ」は使いようということだろう.弊社はリアリズムを標榜する小企業である.